近畿大学工業高等専門学校


『ファンタスティック・ビースト』な時間

2017210

 

『ファンタスティック・ビースト』な時間

 

 この1年を振り返って、思い出に残ることを語ってみたい。今年度は、通常の英語の授業のほか、新しい英語教育の企画・運営を担当した。その一つとして、Hands-on Englishという講座を開催した。この講座は1年から3年の希望者を対象にして、主に英会話力をつけさせることを目標に設定されたものである。外部より外国人講師の方を招き、1か月に90分授業を2回ほどのペースで年間を通して開催した。講師の方は、アメリカ、ニュージーランド、イギリスの出身で、学生諸君は様々な英語を聞くことができた。またパワーポイントを用いて、外国、そして日本の様々な風景、そしてそこで営まれている生活の様子を知るとともに、学生諸君も自らの体験や考えを発表した。

 もう一つの企画は、やはり外部から外国人講師の方を招いての夏季英会話集中講座であった。7月の下旬に開催し、この時にはオーストラリア出身の講師の方に、英会話を教えていただいた。ゲームを交えた活動もあり、学生諸君は飽きることなく、英語を使っての学習を楽しんだ。

 英語教育以外にも、印象に残る思い出があった。それはある卒業生の来校であった。彼は本校卒業後、東海地区にある国立大学の3年に編入学し、今年度4年生になって、就職先が決定したことを報告に来てくれた。

 彼は、高専時代、5年間英語を教えた学生であった。印象はいつも寡黙な学生というものであった。授業中、当てると答えるが、それ以外の時は、静かに教師の話に耳を傾けるタイプの学生であった。しかし来校時には、全く違った印象を受けた。彼は情報の勉強をしており、その方面の会社に就職する予定と言った。自らは人と接するのが好きで、医療機関に赴き、そこに設置してあるコンピュータの維持管理をするそうだ。会社でソフトを作成するだけでは、満足できず、外に出て顧客と話をしながら、仕事を進めるほうが楽しいと言う。

 彼は自らの性格を語り、その性格に最も合った仕事先を選んだことを、笑顔を交えて語った。在学時代、彼がこれほど社交的とは想像もしていなかった。この時感じたのは、冷静に自己の性格を分析しているということだった。座標軸に、はっきりと自分の性格を投影し、どの仕事に向いているかを正確に把握していた。その分析が的確であるから、自信につながり、これほど雄弁になれるのだろうと思った。

 彼は1時間ほど、職員室で話した後、「また来ます」と言って席を立った。そして部屋を出ていく際、「先生、学校にずっといてくださいよ。そうでないと僕が会いに来る先生がいなくなってしまいますから」と言った。察するにこれは、人を思いやる彼の優しさが紡ぎだした言葉であった。私たち教師はそれぞれ、彼のような卒業生を持っており、彼らの発する言葉に感動し、喜び、教師を続けていてよかったと感じるものである。このような卒業生の存在こそが、私たち教師が仕事に勤しむエネルギー源と言っても過言ではない。

 彼が卒業した後、私も時々彼のことを思い出し、在学当時、校内ですれ違うたびに言葉を交わしたことを懐かしむことがあった。ドイツやスペインへの旅行について語ってくれたのも、思い出の一つである。だからこそ「彼のいない学校」と思い、さみしさを感じていた。卒業生は、たくさんの人々がいて、そのすべての方が素晴らしいとは思うが、なぜか人はある一部の人だけを、頻繁に思い出すように感じる。それはきっと相性という、なかなか論理的に説明できないものから来ていると推測する。

 彼が、職員室にいたときには、もちろん感覚的だが、空気が澄みわたって、清涼感にあふれていたように感じる。現実世界は、多忙なこともあり、ある種の雑然性を帯びている。そのような日常の中、彼が現れたことで、職員室にいる全ての先生方が、現実世界の煩わしさを一時的に忘れ、彼が語る就職先決定への理路整然とした話に耳を傾けていた。彼の存在から来る、この透明な空気感が私たちに、ある種の至福感を与えた。

 彼と久しぶりの会話を楽しんだ時間は、いわば『ファンタスティック・ビースト』な時間と呼んでもいいものであった。昨年暮れから、1月にかけて上映された『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』という映画の中で、主人公の魔法使いの青年はイギリスからニューヨークへ来て、様々な事件に遭遇する。そしてノーマジ(人間)と表現される男性が、一緒に不思議な世界を体験する。彼は最後に魔法の世界から解放されるのだが、その時までに体験した不思議で喜びに満ちた世界の記憶も、魔法によりかき消されてしまう。その空想に満ちた世界は、映画を見たものに、いつまでも忘れられない余韻を残す。

 私たちは、楽しく充実した時間であればあるほど、いつまでもその時間が続きますようにと願うが、傍らを音もなく過ぎてしまう。今少しでもここに止まってほしいと願っても、時間はその歩みを止めず、呼びかけに応えることはない。ひたすら過去へと旅立つその後姿を見送ることしかできず、私たちは追憶の日々を送ることになる。

 まもなく、本校も別れの季節を迎える。学生諸君は熱心に勉強した後に、旅立つことを求められる。私たち、歳をある程度とった者もそうだが、若い人はなおさらここに立ち止まることは許されない。常に自らの足で、未来に向かって歩き続けることが求められる。

この季節、学校がある名張では、雪が舞う日がある。純白の衣をまとうキャンパスを歩いている時も、時には卒業生を思い出し、心の癒しとしたい

 

(英語科 竹内春樹)